生と死に触れる3日間。人生というストーリー。

夏至が過ぎて、数日経ちましたね。

昨日なんて新月だったのに、何のブログも更新せずwwww

というのも、私があんまりそういう気分になれなかったんですけど(;・∀・)

タイトルにある通り、昨日までの3日間でなんだか命の灯というか
生きて死ぬ事について触れさせられてた3日間でした。

22日 ある大きな事故の慰霊碑の前に立つ。その土地の浄化や、残った悲しみを癒す

23日 小林麻央さんの訃報

24日 親戚の法事。

というわけで、自分自身にはヘビーなことが何か起きてるわけではありませんが
私の中では結構「生きる」「死ぬ」を連続して意識させられてました

22日 魂は傷つかない

実はその慰霊碑のある場所には、2年前アナトミーを終えた後に
なぜか導かれるように夫と行きました

日帰り温泉で遺族の方にお会いした夫が、お話させていただいたようで

「変な人じゃいやだけど、あなたみたいな人なら、いつかお参りしてくださるとありがたいです」

ということで、そのまま直行したのでした。

その時も土地の浄化はしましたけど、あまり悲しみとか辛い感じはなかったです

かなり遺族の方々が祈りをささげてケアしてるから、魂もちゃんと癒されてるなって。

でもこの日は少しちがって、突然悲しみが流れてきたりしました。

でもそれって、魂からのものというよりその土地の残像記憶と言いますか。

かと思うと、唐突にフランクに話しかけてくる魂がいらしたりして

魂の方「おれさー、一生懸命生きたんだよ!またいつか生まれ変われるかなー(・∀・)ノ」

汐月「うん!わかりますよ!大丈夫、順番はめぐってくるから!」

なんて会話したり。

ある場所では「あ、ここもう4層(あの世)で宴会しちゃってんな」という
楽しげな雰囲気が伝わってきたり。

あとからそこの管理をしてる男性が現れたのでお話を聞きますと
そろそろ供養の節目が近い時期なのだと。

なので、そろそろ解き放たれてもいいな、っていうものが
私の中にアクセスしてきたりしたのかなって思いました。

23日 麻央さんの訃報

これはもう皆さんご存知の通りですね。

特別アクセスしてみたりはしていませんが、
なんとなくこの世での学びや使命を終えられて、
やり切って亡くなられたのかなって思ってます。

ちょっとハードな役割だったかもしれませんし
若くして、ということで残念に感じてしまうものが
生きてる私たちからしたらありますが

きっと、全力で生きてこられたのではないかと思います

今はどうぞ、安らかに。愛と光を。

24日 親戚の法事

二人ぶんの法事でした。

7回忌のおじいさん(わたしの叔父の父上になります)と
27回忌の私の従兄弟。

私の従兄弟は交通事故で20歳で亡くなったのです。私もまだ14歳かな。

叔母が私にお小遣いをくれながら「これは、○○君(従兄弟の名)から」
と言うので、遠慮する口と手が動かなくなってしまいました。

「いやいやいや」の「i」まで出掛かってたんだけど・・・w

私も40、ましてや他の従兄妹たちも40代~30代で、すでに次の世代が生まれてる。

私は思わずFBでこのような投稿をしてしまいました

・・・何か新しい機能が付いてて背景が花柄になっちゃったけど(;・∀・)

まだ生きてる僕らのストーリーは続く

この先、誰と。何を。どうして。

どうやってこのお話を紡ぎますか?

いつ誰が現れて、誰が目の前から去るか(この世からという意味でなく、自分の目の前から)
全く分かりません(自分も含めて)

何をして、何を楽しんで、どうして生きますか?

まだココにいる私たちは、続きのお話を読むことが可能です。

もちろん、あちらに逝かれた皆様も、いつかは違うストーリー(人生)を読みます。

でも今はまだ、私たちここに今の肉体でいるから。

どんなお話を生きるか。

まだまだ見えてない、わからない事がいっぱいあります。

今一緒にいる人とも、まだいない人とも、どんな風に一緒にお話を続けましょう?

どうぞ、素敵なストーリーを。楽しみながら、懸命に。

それは彼岸の皆様も楽しんで見てくださいますよ。

 

 

 

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