それ自分にフィットしてる?~何かを選ぶ時の私のやり方~

唐突ですが

人生ってのは選択の連続だーなんてことをよく申しますが

私は「これ本当に自分にあってるかな?」ってしょっちゅう考えてます

よく「やりたいこと、ワクワクすることをやればいい」みたいな言葉を
スピリチュアルでも自己啓発でもなんでも最近はよく聞きますが

プラス「フィット感」も考えます

それを選んだときの自分に違和感がないかとか
居心地の悪さとか、なんかそんなのをいっぱいシュミレーションします

そんでシータヒーラーになってからはさらに創造主に聞いたりもしますし

「あってるかどうかだけだと成長しないのでは?」

なんつー質問も出てきそうなんですけど
ちょっと無理めのものを選択してそこへ行ってみたい!という
「憧れ」へ「自分をフィットさせたい!」と思ってるなら
そうしますよね

すごいいい事でも「フィットしねえな」と思ったら選ばないです

あまりにも「あっちが危険でこっちが安全」と分かっていて
安全を選ぶのも、それは「自分を助けるため」のフィットですよね
(ちょっと言葉変だけどw)

最近「たぶんいい条件」というものを「フィットしない」という理由で
選びませんでした

また、「やりたくはないけど、どうしても選ばないといけなそう」な場合
(例えば家族の問題とか健康の問題とか)
はそもそも「選択肢がないに等しい」なので
その中でどれだけ自分を大事にしながらそれを進められるか考えるだろうなあと

あと、「その場、方法、方向性、ノリ は自分にあってるか」
これはねえ、どれか1個だけえらく合ったり合わなかったりとか
半々だったりとかで結構頭を悩ませるやつです

こういうのは時間をかけて選びます(可能な範囲で)

ちょっとだけ「1個の選択肢にズボっと邁進!」みたいに
勢いで行ってみてぇな、とも思いますが
そういえばシータヒーリングをぷあまなで川島由美さんに習ったころは
割とそうだったか、とも思い返したりしました

最近は心の手元にランタンを持ちつつ
「自分にとってのフィット感」を方位磁石に
ちょこちょこ進んでる感覚です。

勢いはないけど、まあ今の自分には合ってるんじゃないかなw

まー何が言いたいかというと
要は自分の感覚って大事なので

素敵なもの、すごいもの、素晴らしいもの、難しいもの

色んなものが人生には現れて過ぎていくんだけども

「自分のフィット感」で選ぶってのも手だよー
というお話でした

 

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